記念講演会要旨
生命のメカニズムについて
子供の頃から私は、科学的手法を用いることによって生き物のメカニズムが解明できるという考えに強く惹かれてきました。そして、一人の生物の先生の説得力ある言葉によって、この考えが現実に可能なことなのだと感動した時のことは今でもはっきりと覚えています。人は皆、一つの細胞として生を受けるわけですから、まさに細胞は生命の基本単位と考えることができます。細胞がどのように働き、どのように進化して複雑化するのか、どのように他の細胞と連携して脳をはじめとする構造体を作るのか、そして癌などの病気に罹患した時は細胞機構の何がおかしくなるのか−こうした疑問の解明に、私は常に情熱を燃やしてきました。私が学校で初めて好きになった教科は、ラテン語やギリシャ語などの古典語でしたが、おもしろいことに、細胞挙動をつかさどるタンパク質に関する我々の研究によって、「分子言語」とも言うべきものが存在し、細胞間のコミュニケーションに用いられることが明らかになりました。タンパク質はDNAに潜在する指示を実行する機能分子で、細胞や組織の組成および挙動を制御します。また、タンパク質はほとんどの治療薬剤の標的であり、タンパク質の機能異常は病気を引き起こします。タンパク質は子供が遊ぶ積み木のような小さな塊で構成されていること、そしてその多くがタンパク質同士を繋ぐ役目を果たしていることがこれまでに分かっています。こうして構築された細胞内コミュニケーションネットワークを介して、隣の細胞との間で信号のやり取りが行われています。
生命の分子的基盤に関する理解は驚くほどの速さで進んできたため、我々は人間の生理機能や疾病についてすでに深い知識を獲得したと考えがちです。しかし私は、個々の細胞の働きや生命のメカニズムについて、まだまだわからないことが多くあると考えています。生物学の楽しさと感動は、今まさに始まりつつあります。人間はどこからきたのか、そして地球上のかくも多種多様な生物種とどのように繋がっているのかを解明することが、私たち人類にとって何よりも大切なことであると私は考えています。