3S研究者探訪 #05 本間希樹
ブラックホールがついに見えた!
─ 目には見えない宇宙の姿を映し出す、電波天文学の威力 ─

3S(スリーエス)とは、 稲盛研究助成 を受けた研究者から構成される「盛和スカラーズソサエティ(Seiwa Scholars Society)」の略称です。3Sでのつながりをきっかけにその多様な専門性の交流が深まることで、助成対象者の研究がさらに発展していくことを願い、1997年から活動してきました。連載「3S研究者探訪」では、さまざまな分野で活躍する、3Sの研究者へのインタビューをお届けしています。第5回は、国立天文台の本間希樹(ほんま・まれき)氏=2003年助成対象者=です。
 

2019年4月10日に、ブラックホールの姿が撮影されたというニュースが世界を駆け巡りました。EHT(Event Horizon Telescope、事象の地平線望遠鏡)という世界規模のプロジェクトが成し遂げた史上初めての成果でした。その中で、日本チームも重要な役割を果たしましたが、その代表を務めたのが国立天文台の本間希樹教授です。ブラックホールの撮影は、どのように成し遂げられ、それはどのような意味を持つのか。そしてその撮影を実現した電波天文学とはどのような分野なのか。本間氏に伺いました。

撮影から1年が経って、ついに見えたブラックホール

EHTで撮像されたブラックホールの画像 ©EHT Collaboration

── 2019年4月、M87という天体(楕円銀河)の中心にあるブラックホールの姿が撮影されたというニュースは、大きな注目を集めました。中央に黒い穴の開いたきれいな円形が浮かび上がっている画像はとても印象的でした。EHTによるこの撮影には、日本の研究者も大きく貢献したと聞いていますが、その代表として、本間先生はどのような気持ちでこの成果を受け止められましたか。

本間希樹氏(以下敬称略) 撮影したブラックホールの画像がコンピュータの画面に映し出されたときの感動は忘れられません。観測そのものは2017年に行われたのですが、その後解析準備が万全になるまでは誰もそのデータには触れないという決まりを作って、アメリカ、日本、ヨーロッパ複数国、アジア複数国というチームごとにそれぞれ別々に解析のための準備を進めました。複数のチームが異なる方法で解析して同じ結果が得られるかを確かめて、結果の正しさを確認するためです。そして1年以上の準備を経てデータが解禁となった日に、日本チームのメンバーみなで集まって解析を始めたのですが、入念な準備のおかげか、30分くらいで、あっけないほどスムーズに目的の画像が得られました。画面に現れたのはほぼ期待通りの画像でした。見た瞬間、みなで喜び合いました。本当に嬉しかったです。

── 1年間も、撮影した結果を見ずに解析の準備をされていたとはすごいですね。他国のチームが得た結果も同じだったのですか。

本間 あとで確認したらほとんど同じでした。データが解禁となった数カ月後に、各チームがそれぞれの結果を持ち寄ってアメリカに集まって、「いっせいのせ!」で見せ合いました。このとき、結果の正しさがはっきりと確かめられました。その後、最終的に3つの方法の結果を平均して得られたのが、公表された画像なんです。

初めてブラックホールの画像解析をしている様子(水沢VLBI観測所の研究室で)

人類史上最高の「視力300万」を実現した電波望遠鏡の技術とは

── 本間先生の研究対象はブラックホールだけではないと伺っています。まずは先生の研究全体の概要を教えてください。

本間 私の研究分野は、広く言うと「電波天文学」です。普通、天文学と言えば、光(可視光)で宇宙を観測することをイメージすると思いますが、光の代わりに電波によって宇宙を見るのが電波天文学です。光で見るのとは全く違う宇宙の姿が見えるのです。天文学という言葉からイメージされるような星や銀河が美しく輝く宇宙とはちょっと異なる宇宙を見たいという、ある意味マニアックなというか、ちょっと変わった分野なんです。

── なるほど。電波によって見える宇宙というのは確かにあまり想像がつきません。

本間 電波天文学は、電波望遠鏡という、直径数十メートル規模の大きな円盤状のアンテナを使って、宇宙からやってくる電波をキャッチして観測を行います。その中でも特に私が専門としているのが、VLBI(超長基線電波干渉計、Very Long Baseline Interferometry)という技術です。電波望遠鏡は、互いに何千キロ、何万キロと離れた場所にある複数の望遠鏡がそれぞれ独立に観測した電波を合成することで、1つの巨大な望遠鏡として使うことができるのが特徴です。そうすることで高い視力を出すことができます。その技術がVLBIです。ブラックホールもこの方法によって撮影されました。EHTでは、アメリカ、南米のチリ、ヨーロッパなど、世界8カ所にある電波望遠鏡の観測データを合成することでブラックホールをとらえることができたのです。ちなみにその際の視力は300万にもなりました。視力検査で視力1.0の人が見えるCマークの300万分の1の大きさまで見えるということです。人類が達成した最も高い視力と言えるでしょう。

── 視力300万! これも全く想像ができない値ですね。

「視力は300万」などとオンラインインタビューで話す本間氏

国内4つの電波望遠鏡で天の川銀河の構造解明を目指す

── VLBIの技術で、ブラックホール以外にはどんな対象を観測されているのですか。

本間 私は普段は、岩手県にある、国立天文台水沢VLBI観測所を拠点に研究を行っています。ここでは、VLBIの技術を使って天の川銀河、すなわち私たちの太陽系があるこの銀河系を観測しています。天の川銀河の3次元構造を明らかにしたいというのが目的です。これはVERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)というプロジェクトで、日本国内4カ所(水沢、入来(鹿児島県)、小笠原、石垣島)にある電波望遠鏡の観測データを合成して行っています。ちなみにこちらの視力は10万です。

水沢VLBI観測所にあるVERA水沢局(右)と10メートル電波望遠鏡(左)©NAOJ

── VERAのプロジェクトでは、現在までに天の川銀河についてどんな観測がなされ、どのようなことがわかったのですか。

本間 アメリカの研究グループらと協力しながら、現在までに、天の川銀河の中の約200個の星の距離や運動速度が計測されました。その結果、この銀河系(=天の川銀河)の骨格がしっかりと見えてきました。またこれらの観測によって、銀河系の回転速度がこれまで考えられていたよりも速いことがわかりました。それはつまり、銀河系がこれまでの予測より重いこと、つまり暗黒物質*1 の量が、想定されていたよりも多いことを示唆しています。そうしたことがVERAによってわかってきています。

── 暗黒物質の正体はいまだに不明なままですが、VERAの観測で暗黒物質の正体にも迫れるということでしょうか。

本間 現在、暗黒物質そのものの探索は天文学ではなく素粒子分野の研究者によって行われていますが、発見された際にそれがどのような性質の物質なのかを知るためには、銀河系についての情報が重要になります。そうした点で、VERAの観測も暗黒物質の研究とつながっていると言えるでしょう。

ブラックホールの撮影において日本チームが果たした大きな貢献

── ブラックホールの撮影を目指すEHTと、天の川銀河を観測するVERA。本間先生がこの2つのプロジェクトに同時に参加されるようになった経緯を教えてください。

本間 少しさかのぼりますが、私は大学院時代には、暗黒物質に興味があって天の川銀河の研究をしていました。そしてちょうど博士課程を終えようというころに、VERAのプロジェクトが立ち上がろうとしていたため、博士号を取得した直後、1999年からVERAプロジェクトの準備段階から携わることになりました。まだ、VERAの観測に使う電波望遠鏡も完成していないころで、私は望遠鏡の性能評価などから関わってきました。

その後、悪戦苦闘しながらようやく初めての成果(当時最も遠い天体の距離の計測に成功)を出すことができたのが2007年。そしてそのころには、VERAのプロジェクトを率いる立場になっていたため、よし、さあいよいよこれからだ、という気持ちだったのですが、ちょうどその翌年、2008年に、アメリカのグループがVLBI技術を使ってブラックホールに関するとても重要な成果を出したことを知りました。天の川銀河の中心にある「いて座A*(*は“スター”と読む)」というブラックホールから出る電波の観測に成功したのです。そして、これは近い将来、ブラックホールが撮影されるということが予測され、それを見て、それならば私たちも関わりたいと考え、自分たちがその目的に貢献できることを伝えて、EHTのプロジェクトに参加することになったのです。

── ブラックホールの撮影に向けて動き出されてから先の画像を得るまでは、約10年かかっているのですね。EHTにおける日本チームの役割というのは、どのようなものだったのでしょうか。

本間 日本はもともとチリに10メートルの電波望遠鏡を持っていて、それを使えばEHTのプロジェクトに貢献できるということがまずありました。その後チリには、多数の国の共同プロジェクトとしてアルマ望遠鏡*2 という66台のアンテナが集まった新たな電波望遠鏡が作られ、ブラックホールの撮影にはそれが利用されたのですが、アルマの建設と運用にも日本は大きく寄与しているため、私たちEHTの日本チームは、アルマを利用する面でも果たすべき役割がありました。ただ、それだけでは日本の存在感を出すのが難しいため、さらに何をするべきかも考えました。その結果私たちが行ったのが、撮影データを解析してブラックホールの画像を得るためのソフトウェアを独自に開発することでした。2017年に撮影が行われたあと、4つのグループが3つの異なるソフトウェアで同時に解析を行ったのですが、その中の一つが私たちのソフトウェアでした。そしてすべてのグループでほぼ同じ画像が得られたことで、画像の正しさが実証されたわけですが、その結果を導いたソフトウェアの一つを開発できたのは、本質的な貢献だったと自負しています。

── EHTによってブラックホールが可視化されたことが契機となり、2020年には、ブラックホールの存在を理論と観測の立場から検証した研究者がノーベル物理学賞を受賞しました。本間先生たちのブラックホールの研究は今後どのような方向に進む予定でしょうか。

本間 姿が確認されたM87のブラックホールの他に実は、2017年の観測によってもう一つ可視化できそうなブラックホールがあるんです。それが先ほど出てきた「いて座A*」です。こちらは、M87に比べてずっと短い時間(数分程度)で変動するため解析が難しく、4年経ってもまだ解析を終えられていないのですが、この画像が得られて、ブラックホールの姿が2個確認できると、ブラックホールごとの個性が見えて、その性質の理解がより深まることが期待されます。また、M87のブラックホールでは、周囲にガスを噴出するジェットと呼ばれる現象を伴うことが観測されているのですが、今回、M87の写真ではジェットの根元は写りませんでした。それが撮れると、ジェットが出てくるメカニズムがわかると期待できるため、それを撮影することも、今後の課題となっています。

EAVN(波長7mm)で撮影したM87ブラックホールから噴出するジェット ©EHT Collaboration, EAVN Collaboration

いずれは宇宙人の発する電波をキャッチしたい

── 本間先生が、天文学、電波天文学という分野へ進まれた経緯を教えてください。

本間 子どものころから天文学者になろうと思っていたわけではないのですが、星を見るのは好きだったため、大学で進路を決める際に天文学科を選びました。そこに入れたことが、いま振り返るとターニングポイントだったのかなと思います。電波天文学をやるようになったのは、もともとは指導教官の専門だったからということなのですが、やるうちにどんどんのめり込んでいきました。

── 電波天文学の魅力、面白さは、どのようなところでしょうか。

本間 やはり、普段目で見ているのとは全く違う宇宙の姿が見えることだと思います。それからVLBIの技術は非常にクセが強くて、例えばブラックホールは見えても、太陽は見えないんです。そのため、使い方を間違えると全く役に立たないのですが(笑)、高い視力で誰も見たことのない未知の世界が見えるということには、私はすごく惹かれます。

── 本間先生は、テレビやYouTube、ラジオなどにもよく出演されて、わかりやすい言葉で科学について語られている印象がありますが、科学のことを伝えようという意識は強くお持ちなのでしょうか。

本間 そうですね。科学について広く伝えていきたいという気持ちはあり、そのような依頼があればできるだけお引き受けするようにしています。自分の研究分野について広く知ってもらいたいという気持ちがあるのと同時に、国立天文台は税金で運営されている研究施設のため、研究によって得た成果を社会に還元する義務があるとも考えるからです。逆を言えば、私たちの研究に興味を持ってくれる人がいるからこそ、税金を使って研究することを認めてもらえているわけで、自分たちが研究を続けていくためにも、しっかり発信し続けなければいけないと思っています。そうした意味でも、2019年にブラックホールの画像を公表したとき、高い注目が集まり、本物のブラックホールが見えたことの意義を多くの方たちが感じてくださったのは嬉しかったですね。

── NHKの人気ラジオ番組「子ども科学電話相談」にも出演されていましたが、子どもたちへの優しいまなざしを感じました。

本間 子どもたちは、時に、大人の科学者以上に本質的な質問をしてくるので、それが自分にとって大きな刺激になっています。長年科学に携わっていると、良くも悪くも、「こんなことはできるわけがない」といった、“常識という名の偏見”を持つようになります。しかし、子どもたちにはそういった偏見がないがゆえに、私たちが、普段はあきらめてしまって考えもしないようなことを聞いてきます。そういう問いを聞いたときに、思わされるのです。本来、科学者が目指すべきなのはそこなのではないかと。ありがたい機会です。

Zoomでの研究室ミーティングの様子

── お話を伺っていて、先生の研究は、すごく時間のかかる、忍耐のいるもののように感じました。先生が普段から取り入れているリフレッシュの方法などありましたら、教えてください。

本間 リフレッシュの方法は、自分の場合、なんといっても寝ることですね。うまくいかないことがあっても、寝て起きると、また頑張ろうという気持ちになれます。さらに、布団の中で考えごとをすると、予想外のアイデアも浮かぶので、それも活用しています。とはいっても、ダメなアイデアが多いのですが(笑)。

── 現在、先生は、水沢VLBI観測所のある岩手県の水沢で生活されているとのこと。観測所の住所の「星ガ丘町」という地名からも自然が多そうな印象ですが、こちらでの生活についても教えてください。

本間 家族とは離れての一人暮らしですが、それなりに楽しくやっています。自然が豊かなのであちこちドライブに行ったりしていますし、三陸の魚や前沢牛など、美味しい食べ物が豊富なのも嬉しいです。初夏の現在はウニのシーズンなのですが、こちらでは牛乳瓶に入って売られていて、その瓶一本でウニ丼が2杯食べられるほどの量が入ってるんです。日本酒も、以前はあまり飲む習慣はなかったのですが、やはり岩手は米どころなので美味しくて、いろんな酒蔵のを飲むようになりました。水沢での生活も7年目になりますが、それまでずっと神奈川県の街中で暮らしてきた身としては、いまなお、地方の生活の良さを実感しながら毎日を過ごせています。

── 最後に、先生がこれからの研究人生で達成したい大きな目標や夢のようなものがありましたら、教えてください。

本間 宇宙人の電波をキャッチすることです。現在の電波望遠鏡の能力ではまだ難しそうですが、何十年か後には、もしそれほど遠くない星に、地球人くらいの電波を使っている宇宙人がいれば、その存在を確かめられるかもしれないなと思っています。本気です(笑)。

── 宇宙人まで! 電波を使って知ることのできる世界の広さが実感できました。どうもありがとうございました。

 

*1. 目には見えないが、宇宙空間に広く分布しているとされる正体不明の物質。目に見える物質の何倍も存在するとされる。銀河系は、回転しているために外向きの遠心力がかかるが、天体同士の重力によって、ばらばらにならずにまとまっている。しかし、目に見える天体の重力だけでは、遠心力には打ち勝てないことがわかっているため、目に見えないが重力を及ぼす物質、すなわち暗黒物質があると考えられている。ダークマターとも呼ばれる。

*2. 南米チリの標高5000メートルの高地に建設された巨大な電波望遠鏡。惑星誕生のメカニズムや地球外生命の存在の可能性など、さまざまな宇宙の謎の解明に寄与することを目指して作られた。2011年に観測を開始し、日本を含む22の国と地域の協力で運用されている。計66台のアンテナからなる。

 

この一冊
『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン 著、 久山葉子 訳
脳のさまざまな機能は人類の進化の中で獲得してきたものである、との説明が目からうろこだった。「いままさに、うちの子どもたちがスマホにはまりすぎて困っていることもあって、スマホに対して脳がどう反応するのかといったことが科学的な観点から書かれていて、とても考えさせられました」
この道を選んでなかったら? ベートーベンの研究者?
クラシック音楽が、宇宙より好きというくらい好きで、大学時代はオーケストラにも入っていた。「研究者以外になりたかった職業というのがはっきりとあるわけではないのですが、どうでしょうかね……。ベートーベンの研究をして生活ができたとしたら、それはいいなあとは思いますが、具体的に考えたことはないですね」

 

本間 希樹(ほんま・まれき)
国立天文台水沢VLBI観測所教授。1971年アメリカ合衆国テキサス州生まれ、神奈川県育ち。 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了(理学博士)。 国立天文台の研究員として、1999年より銀河系を観測するVERAプロジェクトに参加。2008年からはEHTプロジェクトに参加し、日本チームの代表を務める。2015年より現職。同観測所の所長も兼務する。

 

取材日:2021年7月16日
取材・文:近藤 雄生(チーム・パスカル)
 
*インタビューはオンラインにて実施しました
上から1、3、7枚目の写真は本間氏提供

 

「3S研究者探訪」  
 
#01 梅津理恵氏 
デバイス革命の鍵を握るハーフメタルの電子を視る ─理論と応用の間をつなぐ基礎研究の底力─
 
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数理モデルで新型コロナの流行を分析、感染症との戦いの最前線 ─人々の行動変容までを関数に入れた感染症モデル化の試み─
 
#03 赤石大輔氏 
共に学び、未来を創る ─芦生の森と美山の里をつなぐ新たな研究アプローチ─

#04 竹内勇一氏
身近な現象なのに謎が多い「利き」は最高の研究テーマ ─魚の捕食行動から利きの仕組みと役割の統合的理解をめざす─

 

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