
3S(スリーエス)とは、 稲盛研究助成 を受けた研究者から構成される「盛和スカラーズソサエティ(Seiwa Scholars Society)」の略称です。3Sでのつながりをきっかけにその多様な専門性の交流が深まることで、助成対象者の研究がさらに発展していくことを願い、1997年から活動してきました。連載「3S研究者探訪」では、さまざまな分野で活躍する3Sの研究者へのインタビューをお届けしています。第17回は、広島大学の薮田ひかる(やぶた・ひかる)氏=2011年助成対象者=の研究室を訪問してきました。

生命がどのように生まれたのかを考えていくと、地球がどのようにできたのか、さらには太陽系はどのように誕生したのかと、問いは次々に広がっていきます。こうした問いに、化学、天文学、生物学、地質学など、さまざまな分野の学問を連携させることで答えようと試みる科学分野が「アストロバイオロジー(宇宙生物学)」です。今回の3S研究者探訪では、化学分析という研究手法を通してこの壮大な謎に挑んでいる、広島大学の薮田ひかる氏を訪ね、ロマンに満ちた研究の話を伺いました。
地球誕生前に起こったできごとも化学で明らかにできる
──アストロバイオロジーとは、どのような学問なのでしょうか。
薮田ひかる氏(以下敬称略) よく言われる説明では、「宇宙における生命の起源、分布、進化、未来を明らかにする学際領域」、または「私たちがどこから来て、どこへ行くのかの問いに迫る学問」とされています。
「どこから来て」というのは生命の起源を指しますよね。地球をはじめとする、どのような天体環境で、生命は何からどのように誕生し、存続し、進化してきたのかを考えるためには、生物学はもちろん、化学や物理学、さらには天文学や地球科学の知見も必要になります。たった一つの分野だけでこうした根源的な命題を明らかにするのは難しいため、分野を融合し、総合的に取り組もうという考え方から、2000年ごろにNASAで生まれた新しい学際領域です。
──「どこへ行くのか」というのは、未来の話になるのでしょうか?
薮田 そうです。地球上の生命がどのように誕生し、どのような環境で存在し続けてきたのかがわかれば、地球と似たような環境を持つほかの天体にも生命が存在する可能性が考えられます。また、地球上の私たちが今後どうなっていくのかも、ある程度予想できるかもしれません。はじまりから過去、現在、未来にわたる、生命の変遷や広がりを扱うのがアストロバイオロジーです。
私が大学生だったころには、まだ「アストロバイオロジー」という言葉はありませんでした。当時私は化学の教師になろうと考え、筑波大学の第一学群自然学類で化学を専攻して学んでいたのですが、その中で「宇宙化学」という授業を担当している教授がいました。少し変わった学問だなと思い興味をもったのが、この分野に足を踏み入れたきっかけです。それが、のちに私の指導教官となる下山晃先生でした。
下山先生のお話を通して、化学で宇宙を研究できることを知り、とても面白いと感じました。そこで、大学4年生の研究室配属では、下山先生の宇宙化学研究室に入りました。

──そこで、隕石の分析をされたのですね。
薮田 いえ、それが、隕石はまだやらせてもらえなかったのです。隕石は非常に貴重なサンプルなので、下山先生曰く、実験に不慣れな学部生に任せるわけにはいかないと。まずは地球の岩石を使って、分析の練習をすることになりました。学生時代は、地球の昔の地層、例えば恐竜が絶滅した時代や、石油を産出した古い時代の堆積岩に含まれる有機化合物を分析する研究をしていました。
大学院で博士号を取得後、米国で4年間、地球外有機物の研究に本格的に取り組みました。具体的には、分類の異なる多数の隕石を分析することによって得られる有機物の元素組成、分子組成、同位体組成の違いが何を意味しているのかを読み解いていきました。組成が異なるということは、太陽系の歴史の中で、それぞれの隕石が経験した異なる出来事、または異なる起源から生じた物質を含んでいることを記録しているのです。
また、NASAの探査機が持ち帰った彗星の塵を分析する機会にも恵まれました。彗星の塵は極めて小さく、地球の堆積岩や隕石の研究で伝統的に用いられていた手法では分析が困難でした。そこで、放射光という非常に輝度の高いX線と顕微鏡を組み合わせ、マイクロメートルからナノメートルサイズまでの有機物を測定する、新しい手法を経験、習得しました。
隕石や彗星の塵の分析からわかること
──隕石と彗星の塵では、わかることが違うのでしょうか?
薮田 隕石は、地球に降ってきた小惑星の破片です。小惑星は主に太陽系の内側に存在します。一方、彗星は太陽系の外側に多く存在しているため、含まれている物質の組成が異なります。氷やガスなどの揮発性に富む物質は、隕石にはほとんど残っていませんが、彗星には含まれています。また、太陽系が生まれた最初期の情報を保った物質も彗星には含まれています。小惑星(隕石)と彗星、両方を調べることで、太陽系が誕生した当時の物質の歴史をより体系的に明らかにしていくことができます。
実際に分析してみると、隕石では見られなかったような組成を彗星の塵から発見しました。彗星の塵の方が窒素や酸素を含む有機物が多く、分子の種類も多様です。一方で隕石は、炭素や水素の割合が高く、簡単に言うと、彗星の有機物が「炭化した」もの、「熟した」ものが小惑星(隕石)の有機物である可能性がわかってきました。

──その発見は生命の誕生にも何か関連してくるのでしょうか。
薮田 生命の起源についての説として広く人気があるのは、誕生したばかりの地球に大量の小惑星や彗星が衝突し、それらに含まれていたアミノ酸や糖、塩基が地球にもたらされ、地球上でさらに複雑な物質へと化学進化した、という考え方です。とてもわかりやすい説ではある一方で、都合のいい部分だけを切り取ったシナリオのように、私には感じられます。
というのも、小惑星や彗星の有機物には、アミノ酸や糖、塩基といった生体関連分子だけではなく、生体に関連しない色々な分子が含まれています。むしろ、後者の方が種類も量も多いのです。中でも、炭のように黒く、構造が複雑な固体状の有機物が、宇宙に豊富かつ普遍的に存在することがわかっています。私はそうしたぐちゃぐちゃとした炭のような有機物こそが地球の炭素の源になり、40億年以上にわたって地球を温めてきた二酸化炭素(CO₂)の源になり、さらには現在の生物を構成する物質を生み出したのではないかと考えています。ただ、この考えはひとことでは説明するのが難しいので、専門外の方にはあまり受けがよくないかもしれません。
──私たちが生きている間に、地球以外で生命は見つかると思いますか?
薮田 どのような環境に生命が存在し得るのかを知るための研究は、ずっと続けられています。探査が本当にうまく進み、狙うべき場所を正確に捉えることができれば、生命の「痕跡」が見つかっても不思議ではない段階に来ていると思います。
──それでも見つかるのは「痕跡」なのですね。
薮田 地球外生命の探索が難しい理由の一つに、「何をもって生命とみなすのか」という定義がまだはっきり定まっていないことが挙げられます。地球上の生命とは全く異なる存在が別の天体で見つかり、生命の定義そのものが書き換えられる可能性もあるためです。私たちは、そうした発見にも期待しています。

「はやぶさ2」固体有機物分析チームのリーダーになって
──薮田先生は、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った試料の初期分析チームの中の「固体有機物分析チーム」のリーダーを務められました。リーダーとしてどのようなことに注力しましたか?
薮田 まずは、チームを温めて信頼関係を築こうということを心がけました。世界中の研究者と一緒に進めるプロジェクトで、世界的に著名な研究者もいれば、私よりキャリアの長い方もいます。ですから、この人がリーダーで大丈夫なのかと心配されないようにしなければ、という気持ちがありました。
また、近い分野の研究者同士が集まることになると、同じ主張を支持している仲間の研究者と、ライバル的な関係にある研究者が一つのチームに存在することになります。特にライバル的な関係にある研究者同士が建設的な協力関係になるよう、うまくやっていく必要があります。それにはコミュニケーションが大事だと考え、プロジェクト開始前から頻繁にオンラインミーティングを重ねました。

──貴重な試料を扱うのは大変でしたか?
薮田 はい。JAXAが持ち帰った試料は合計5.4グラムありますが、はやぶさ2プロジェクトで使い切ったわけではなく、その大半はプロジェクト後のさまざまな公募研究に配布されたり、後世の研究のために保管されたりします。そのため、はやぶさ2における初期分析に割り当てられた約100ミリグラムのうち、私たちのチームに割り当てられたのは、数ミリグラムというごくわずかな量でした。まずその試料を受け取り、総勢40名以上の固体有機物分析チームのメンバーに、汚染を最小限に抑えたクリーンな状態で配分することが、リーダーとしての重要な役割でした。
クリーンルームで顕微鏡をのぞき込みながら、配分された小惑星の試料を一粒一粒ピックアップしていく作業を、ひたすら続けました。ある容器から別の容器へ小惑星の粒を移すわけですが、なくしたり汚したりすることは許されません。非常に緊張を強いられる作業でした。それらを一つずつ、国内各地の共同研究者達へはハンドキャリーで、海外の共同研究者達へは国際宅配便で、配分したのですが、輸送中に破損したり振動が加わったりしないよう、梱包にも細心の注意を払いました。この作業を、ほぼ1年にわたって続けました。

──分析は、どのように進められたのでしょうか。
薮田 プロジェクト全体として、誰が、どの分析を、どのような順番とスケジュールで行うのかを、あらかじめ詳細に計画しました。まずは試料にダメージを与えにくい分析から行い、その後、試料を溶かして抽出する分析へと進めていきました。2週間に1回ほどオンラインミーティングを行い、メンバーから進捗を共有してもらいました。そこで報告される結果は、初めて目にする発見ばかりで、本当にわくわくしました。大人数が一つの目標に向かって協力しあう、そのプロセス自体にも感動しながら、プロジェクトを進めることができました。

──リュウグウの分析から、どのようなことがわかったのでしょうか。
薮田 リュウグウは、地上からの観測によって、太陽系で主要なタイプであるC型小惑星に分類されていました。C型小惑星は、太陽系誕生時の状態を比較的よく保っていると考えられており、それを調べることで、太陽系の成り立ちにより迫ることが期待されていました。
実際に分析してみると、リュウグウ試料の化学組成や鉱物組成は、地球に落下する「CI炭素質隕石」と呼ばれる希少な隕石のものとよく似ていることがわかりました。地上では1万個以上の隕石が発見されていますが、CI炭素質隕石は10個以下しかありません。私たちはこれまで、地球に落下してきた隕石を分析することで太陽系の成り立ちを推測してきましたが、太陽系では多数派であるC型小惑星は脆く、地球に到達する前に壊れやすいため、隕石としては地球にあまり降ってこなかったというわけです。
──サンプルリターンでしか得られない結果だったのですね。
薮田 さらに、リュウグウの粒子からは、粘土鉱物や炭酸塩など、リュウグウの親天体にかつて水が存在していたことを示す鉱物や、鉱物の中に閉じ込められた水も見つかりました。また、地球では見られない同位体組成を示す有機物が粘土鉱物や炭酸塩と混ざっており、宇宙の冷たい環境(マイナス200度以下)で形成された有機物がリュウグウの親天体にとりこまれた後に水と反応し、リュウグウの有機物が形成されたこともわかりました。リュウグウの表面は脱水状態にあったため、探査機が近づいて観察するだけでは、豊富な水の存在はわからなかったというわけです。
また、宇宙で採取した新鮮な小惑星サンプルと、隕石との比較が可能になったことから、隕石が地球上で風化を受けて一部が変質していることも明らかになりました。その意味でも、天体本来の組成を知るためには、サンプルリターンが不可欠です。今後も、さまざまなタイプの宇宙物質を探査によって持ち帰り、隕石研究と比較しながら理解を深めていくことが重要だと考えています。

──現在もまだ解析中や未発表の結果もあると思いますが、次に挑戦したいこと、いわば「野望」のようなものはありますか?
薮田 野望と言いますか、本当に無邪気に希望を申し上げてもよいならば、次は惑星探査プロジェクトの科学全体をとりまとめるマネージャーを務めてみたいですね。試料分析だけでなく、観測や探査機の運用まで含めて、全てを俯瞰しながらチームのパフォーマンスを後押しする役割です。
プロジェクトマネージャー(プロジェクトサイエンティスト)になると、どの天体を探索するとどのような新しい発見ができるかというところから責任をともないます。もちろんリュウグウも非常に魅力的な天体でしたが、私は特に彗星や、氷でできている天体に強い興味があります。アメリカ滞在中には彗星の塵を分析しましたが、彗星塵の物質と彗星の地質や地形とを結びつけることは容易でないので、彗星の構造や形成を明らかにするには限度がありました。また、技術的な話になりますが、彗星塵を採取する時の衝撃によって塵の成分が変性している可能性もあります。
できることなら、新鮮な彗星の塊を直接採取し、分析してみたい。それが私の個人的な希望です。似たようなことを考えている研究者は、世界中にたくさんいると思いますが(笑)。探査機が打ち上げられてから帰ってくるまでに長い年月がかかりますし、私の研究者人生とうまく重なるかどうかは時の運という面もありますが、実現できたらいいなと思っています。

| この一冊 |
『銀河鉄道の夜』 宮沢賢治 著 サイエンティストでもあった宮沢賢治の作品には、科学用語が多く登場すると薮田氏は語る。「『銀河鉄道の夜』の終盤には、天の川の近くに大きな暗い穴が開いていて、カムパネルラがそれを『石炭袋』と呼ぶシーンがありますが、これは暗黒星雲のことを指しているだろうと言われています。私が研究している地球外有機物も黒く、炭のような固体状の高分子なので、石炭袋という言葉にとても惹かれました」 |
|---|---|
| この道を選んでいなかったら? |
「中学か高校の先生になっていたと思う」 高校時代は、化学教師になろうと考えていたという薮田氏。「高校のときの化学の先生をはじめ、教育熱心な先生にたくさん出会い、大きな影響を受けてきました。そうした先生たちのように、今度は自分が次世代の人たちに何か伝えられたら、という想いがあり、教師を目指していました。ですので、授業をしたり、学生たちと一緒に研究したりするのは好きです。ただ、最近は世代間ギャップを感じることも多くて、学生とのコミュニケーションをどう取るかが時々悩みですね」 |
薮田 ひかる(やぶた・ひかる)
広島大学大学院先進理工系科学研究科教授。筑波大学大学院博士課程化学研究科修了。博士(理学)。総合研究大学院大学博士研究員、産業技術総合研究所特別研究員、日本学術振興会特別研究員PD(東京都立大学、米国アリゾナ州立大学)、米国カーネギー地球物理学研究所博士研究員、大阪大学大学院理学研究科助教などを経て、2017年に広島大学大学院理学研究科准教授に着任。2019年に同研究科教授となり、2020年より現職。小惑星サンプルリターン計画「はやぶさ2」では、着陸地点選定チーム長、マルチスケール小惑星科学ワーキンググループ世話人、リュウグウ試料初期分析における固体有機物分析チームのリーダーを務めた。
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