
3S(スリーエス)とは、 稲盛研究助成 を受けた研究者から構成される「盛和スカラーズソサエティ(Seiwa Scholars Society)」の略称です。3Sでのつながりをきっかけにその多様な専門性の交流が深まることで、助成対象者の研究がさらに発展していくことを願い、1997年から活動してきました。連載「3S研究者探訪」では、さまざまな分野で活躍する3Sの研究者へのインタビューをお届けしています。第18回は、岡山大学の菅倫寛(すが・みちひろ)氏=2016年助成対象者=の研究室を訪問してきました。

私たちの社会が多様な人々の働きによって成り立っているのと同じように、生物の体内では無数のタンパク質が役割分担しながら生命活動を支えています。どのタンパク質が、どこで、どのように働いているのかが分かれば、生物の仕組みをより深く理解できますが、その理解に欠かせない鍵となるのが、タンパク質の「立体構造」です。目に見えない小さなタンパク質の構造を解析することで光合成の仕組みの一端を明らかにしてきた岡山大学の菅倫寛氏の研究室を訪ね、構造から生命の仕組みに迫る研究を詳しく伺いました。
微小なタンパク質の構造を見る方法
──タンパク質の立体構造はどうやって見るのでしょうか。
菅倫寛氏(以下敬称略) タンパク質は生物の体内で精密な部品のように働いていますが、その大きさは2〜10nmほどと非常に小さなものです。ヒトの細胞の直径が約0.01mmであることを考えると、タンパク質はその2000分の1程度の大きさしかありません。これほど小さいため、普通の光学顕微鏡ではタンパク質を見ることはできません。光学顕微鏡は波長400〜700nmの可視光を使うため、分解能には限界があり、数nmしかないタンパク質は像として分解できないのです。
そこで、可視光よりも波長の短いX線や電子線を用いて構造を調べます。X線の波長は約0.01〜10nmで、これは原子の大きさとほぼ同じスケールなので、タンパク質の構造解析に適しています。ただし、一つの分子や原子から得られるX線散乱の信号は非常に弱く、単独では構造情報を読み取ることができません。そのため、調べたいタンパク質を、分子が同じ向きで規則正しく並んだ結晶にします。多数の分子からの散乱を重ね合わせて情報を増幅することで、タンパク質の立体構造を解析できるのです。

菅 一方、電子線はX線よりさらに波長が短いものの、真空中でしか進めず、強い電子線を当てるとタンパク質が壊れてしまうという制約があります。そのため従来の電子顕微鏡では、試料を脱水・樹脂包埋・染色して薄い切片にする前処理が行われてきましたが、本来は溶液中で働くタンパク質を自然な状態のまま観察するのは難しいという課題がありました。
しかし近年では、「クライオ電子顕微鏡」という新しい手法が登場し、試料を急速凍結することで、水中に近い自然な状態を保ったまま解析できるようになってきています。この技術の発展によって、結晶化が難しく、X線では解析できない不安定なタンパク質の構造も、明らかにできるようになりました。

実験のために大量の藻類を培養する
──X線や電子線で観察できる状態にするまでにも、大変な手間がかかるのですね。
菅 そうですね。どれだけ良い結晶を作れるかが、研究の質に直結します。例えば、光合成反応に関わるタンパク質の研究では、シアノバクテリア(藍藻)という光合成を行う細菌を培養して増やし、そこから目的のタンパク質を抽出して結晶化します。2017年に発表した研究*1では、家庭用のお風呂50杯分くらいに相当する量を培養しました。もちろん実際にお風呂で培養するわけにはいかないので、ビーカーで培養し、タンパク質を取り出して結晶化・凍結保存する作業を、ひたすらコツコツと繰り返しました。

──そんなにたくさん必要なんですか。
菅 通常は、ここまで大量である必要はないかもしれません。私の研究が大きく注目されたのは、2015年に『ネイチャー』に掲載された、光合成反応において重要なタンパク質の仕組みを解明した研究*2だと思いますが、あのときはおよそ1000個の結晶を作り、X線で解析しました。一つの結晶で分からないなら、1000個使えば分かるのではないか、と考えたわけです。2024年に発表した研究*3でも、ナノ秒レベルで変化するタンパク質を観測するため、大量の試料を用意する必要がありました。
ありがたいことに、「素晴らしい研究ですね」と言ってくださる方も多いのですが、同じ方法をそのまま真似しようと思う人は、あまりいないかもしれませんね。もっとスマートな方法を考えたくなるのではないでしょうか(笑)。ただ私は、ロジックが通っており、実験の原理や設計に無理がないと判断できるときには、多少苦労してもやってしまった方がいい、という感覚で研究をしています。

光合成の謎を構造から解いていく
──これまで、どのようなタンパク質の構造を研究してきたのでしょうか。
菅 さまざまな研究を行っていますが、特に力を入れて長年追いかけているのが、光合成で水から酸素を作る反応に欠かせないタンパク質複合体「PSⅡ」です。光合成については、「植物が水と光と二酸化炭素から酸素と栄養分を作り出す」と、小学生のときに習ったと思います。ただ、それを原子レベルで見ていくと、まだ分かっていないことが多く、特に水という非常に安定した分子から、どのようにして酸素を取り出すのかは長年議論されてきました。
そこで私たちは、PSⅡの立体構造を明らかにすることで、この反応の様子やメカニズムを少しずつ解き明かしてきました。まずPSⅡの全体構造を明らかにし、光が当たることで変化する4段階のうち、酸素が発生する直前の段階の構造を明らかにしました*1。さらに2024年には、その4つの状態の間に存在する中間状態も捉えることができました*3。
──光合成の仕組みを理解することには、どんな意味があると考えていますか。
菅 生物の長い進化の歴史の中で、水を分解する光合成ができるようになったのはシアノバクテリアだけです。植物や藻類など他の生物は、シアノバクテリアを細胞内に取り込むことで光合成を行うようになりました。光合成の仕組みを理解することは、生命の成り立ちという大きな謎に迫ることにつながりますし、その知見を応用することで、人工光合成の実現にも近づくと考えています。

──ご自身の研究分野のどんなところに惹かれていますか。
菅 タンパク質の構造を明らかにすると、意外なことが分かったり、現象を的確に説明できたりすることがよくあります。複数の仮説があって、どの説が正しいのか分からないような場合でも、構造を解析すると一つの証拠のようなものを示すことができます。構造を見て、感動することもよくあります。単純に「きれいだな」と感じることもありますし、こんな精緻な仕組みがよく成り立っているなと驚かされることもあります。
近年ではアミノ酸の配列からタンパク質の構造を予測するAI技術も発展してきました。そうなると「構造生物学は必要ないのでは」と思われてしまうかもしれませんが、そうではありません。AIが学習のもとにしているのは、研究者たちが実験によって地道に積み上げてきた膨大な構造のデータです。予測の精度を高めるためにも、これから先も、実験によって実際に構造を見ることは欠かせません。
また、2024年に私たちの研究グループが発表したPSⅡの反応の中間過程のように、タンパク質が一瞬だけ揺らいで不安定になるような現象は、現時点ではAIで予測することができません。やはり人の頑張りも必要だということです。一方で、AIならではの視点から気付きが得られることもあります。AIと人間、それぞれの強みが組み合わさることで、研究の可能性はさらに広がっていくのではないかと思っています。

──これから、どんな研究に挑戦したいと考えていますか。
菅 光合成の仕組みについて、さらに詳しく調べていき、その成果を人工光合成の実現につなげられたらいいなと思っています。日本は資源が少ない国ですから、太陽光と水からエネルギーを作れるようになったらいいですよね。
ただ、人工光合成の実現は私一人でできるものではありません。化学的な触媒の開発や工学的なエンジニアリングなど、さまざまな分野の研究者の力が必要になります。そうした学際的な取り組みも重要だと思っていますし、今後も関わっていきたいと考えています。
それとは別に、生物学の枠組みの中で、新しい「ものづくり」ができたらいいなとも思っています。例えば現在、植物が外部から物質を取り込む際に関わる「輸送体タンパク質」の構造解析を進めていますが、この成果を生かして、有害物質を吸収しにくい農作物や、より厳しい環境でも育つ植物など、これまでにない特性をもつ生物を生み出せたらと考えています。

──子どもの頃から研究者になろうと思っていたのでしょうか。
菅 全くそんなことはないですね。小学生の頃は理科は好きでしたが、「一番好きな教科は何ですか」と聞かれたら、給食と答えるような子どもでした。大学時代は柔道部に入っていて、柔道ばかりしていて、正直あまり授業にも出ていませんでした。ただ、研究室に配属されてからは、研究は一生懸命やりました。理学部だったので、周りにも就職活動をしている人がほとんどいなくて、そのまま流されてずるずると今に至っている感じです。好きなことをやって怒られないので、研究者という仕事は、自分に合っている職業なのかなと思っています。
──先生は岡山大学の柔道部の顧問をされていますが、今も柔道を続けているのですか。
菅 もう柔道はやっていませんね。でも、1年ほど前から、健康とダイエットのために走り始めました。大学から少し行ったところに岡山県総合グラウンドがあるのですが、そこで走っています。同じ公園の、同じコースを走っていると、季節の移り変わりを感じます。春には桜が咲き、夏の前には蓮の花が咲いて、秋には紅葉があり、稲穂も実ります。同じ景色を定点観測するように眺めながら、季節が巡っていくのを体感できるので、お気に入りの場所です。

*1. M. Suga et al. (2017) Light-induced structural changes and the site of O=O bond formation in PSII caught by XFEL. Nature 543: 131-135
*2. M. Suga et al. (2015) Native structure of photosystem II at 1.95 Å resolution viewed by femtosecond X-ray pulses. Nature 517: 99-103
*3. H. Li et al. (2024) Oxygen-evolving photosystem II structures during S1-S2-S3 transitions. Nature 626: 670-677
| いつもそばにあるもの |
3Dメガネ 解析結果をもとにタンパク質の立体構造を可視化するソフトは、3Dメガネをかけて見ると、奥行きや立体感がよりはっきり分かります。「これをかけて、結構長い時間、眺めています。タンパク質の立体構造を回転させながら観察しているうちに、どんな機能をもっているのか、どんな仕組みで動いているのかといったアイデアがひらめくことがあるんです」 |
|---|---|
| この一冊 |
『北の海(上)(下)』(井上靖著、新潮文庫刊) 大学では寝技中心の高専柔道をかなり熱心に続けていたという菅氏。「高専柔道をやっている七帝柔道部の人は、みんな読んでいる本だと思います。主人公たちのライバルとして、のちの岡山大学となる第六高等学校の柔道部が登場するので、岡山出身者としては親近感がありました」 |
菅 倫寛(すが・みちひろ)
岡山大学異分野基礎科学研究所教授。岡山県生まれ。2009年大阪大学理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。同年より大阪大学蛋白質研究所、2010年から米国オレゴン健康科学大学で博士研究員を務めたのち、2012年から岡山大学特任助教、2014年同大学自然科学研究科助教、2016年異分野基礎科学研究所准教授を経て、2022年より現職。
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