
連作『ジョジョの奇妙な冒険』の中でも私が特に好きなのが、第7部『スティール・ボール・ラン』です。科学が席捲し始める世紀にあって、イエス・キリストの聖遺物探索に駆り出された特異な人々が、奇蹟的な現象に翻弄されながら、蒸気機関車と競争しつつ北米大陸横断のレースに挑戦する群像活劇です。オカルト、超常現象、そして奇蹟━━まともな科学研究に携わる人ならおしなべて眉を顰めるに決まっている要素がつまっています。それなのに(それだからこそ)人を惹きつける話なのです。現在の学究は、科学を手本にクリアな「事実」を追求していますが、胡乱なものとそうでないものの境界線は、そんなにはっきりしているものでしょうか。実際、奇蹟の証明を真剣に行なってきた教会裁判の手法が、実は科学実験の証明過程のもとになったことや、奇蹟の証明が現在も科学的な手法で果敢に挑戦されていることは、あまり知られていません。人は目に見える明らかな「事実」を絶対なものだと思う傾向にあります。けれども、それが「事実」として成立するに至るまでの過程には、自明な「事実」の絶対性を疑いたくなるような胸踊る冒険があるのかもしれません。その冒険譚をひもとく新たな冒険が、私の進めたい歴史研究にあると思っています。
「ポスト真実」時代に問われる「事実」の社会的構築過程を、トリノ聖骸布をめぐる科学実験の歴史から解明する。20世紀以降の関連論文184件をネットワーク分析し、教会・科学・メディア・国家が絡み合うなかで反証の連鎖が永続し、研究が継続される構造を明らかにした。聖骸布は科学を介して新たな神聖化の過程に入り、「シンドロジー」という独自領域を生んでいる。こうした視座は、各分野の研究者が集う対話のなかから生まれた。
編著 小俣ラポー日登美 (2025年) 『「事実」の交差点──科学的対話が生まれる文脈を探して』 ナカニシヤ出版
担当箇所:
・i-iii頁:「まえがき──それはどこの交差点だったのか」
・1-52頁:「序章 すれちがうたくさんの「事実」」
・71-106頁:「奇跡と科学的「事実」の攻防戦──トリノ聖骸布をめぐる実験の解体」
・230-269頁:「終章 めぐりあうたくさんの「事実」」
人文・社会系領域