InaRIS フェロー (2026-2035)

川口 喬吾 Kyogo Kawaguchi

理化学研究所 開拓研究所主任研究員※助成決定当時

2026InaRIS理工系

採択テーマ
インテリジェントマターの創発原理の解明
キーワード
研究概要
生き物はエネルギーを使って自分の状態を保ち続けています。物理学ではこれを「非平衡系」と呼びますが、川の流れや天気の移り変わりも同じく非平衡です。では、生命は何が特別なのか? 私は、生命がただエネルギーを使うのではなく、環境に応じて「うまく」使っているところ、いわば知的な物質である点にこそ鍵があると考えています。この「インテリジェントマター」の物理を探究することで、生命とは何かという問いに、新しい角度から光を当てたいと思っています。

助成を受けて


選考理由

川口喬吾氏は、非平衡の視点から生物学と物理学の境界領域で新たな境地を切り拓いてきた研究者である。生体分子レベルの研究では、分子モーターF1-ATPaseがATPのエネルギーをほとんどそのまま回転運動に変換する機構は長らく謎であった。川口氏らは前後反応の遷移確率が詳細釣り合いを満たしつつ「完全非対称」と呼ばれる特性を持つモデルを提案し、実験と同等の特性と効率が再現されることを示し、その高効率の原理解明に貢献した。

多細胞生物の形態形成では細胞シートの振る舞いが重要な役割を果たす。川口氏は、神経幹細胞の培養系が液晶的なネマチック秩序を示し、+1/2欠陥に細胞が集積することを発見し、細胞集団においてトポロジカル欠陥が生物学的に意味を持つことを世界で初めて報告した。さらに、この現象を説明する最小限の数理モデルも提案している。この現象は他の系でも確認され、ヒドラの頭部・足部・触手形成にも+1/2欠陥が関与することなどが明らかにされた。また、表皮細胞では、細胞死・脱落と幹細胞の分裂・分化のバランスにより恒常性が維持されるが、従来は非対称分裂モデルが支持されていた。川口氏は姉妹細胞の生存時間に強い相関があることを示し、このモデルを否定した。さらにマウス表皮の観察と新しい統計解析(ウインドウサイズ依存の生成ゆらぎ解析など)により、細胞脱落近傍で新たな分裂が誘発される統計データが統計力学のvoter modelに従うことを明らかにした。

最近では、進化の問題からAI言語モデルの学習過程に至るまで多角的な研究を展開している。その一端をあげると、脊椎動物の系統発生ではHox遺伝子クラスターが保存されており、椎骨数の分布解析は進化の制約を探る手がかりとなることから、川口氏らは四足動物の包括的な椎骨数データを収集し、哺乳類では隣接する椎骨数の逆相関関係を明らかにするとともに、遠位脊椎間の均衡を発見した。一方、他の分類群では独自のパターンが存在することを見出した。

今後の研究課題として、川口氏は生物が知能を獲得する過程とその原理を探る枠組みとして「インテリジェントマターの創発原理の解明」を提案している。進化系譜の解析、非平衡系のトレードオフ関係式との接続、原理を検証する実験系の構築を三本柱とする計画は、既存の関連研究とは一線を画す独創的な試みである。生命現象と統計物理学への深い洞察を基盤に、生物学が生み出す膨大なデータに対して理論と実験の両面から果敢に挑み、物質が知能を獲得する原理の解明を目指すこの試みは、InaRISの理念にまさにふさわしいものであると、選考委員一同は高く評価した。



助成を受けて

10年という長期にわたるご支援をいただけることを、大変ありがたく思っています。生命とは何かという大きな問いに、焦らずじっくり向き合える環境はとても貴重です。他の申請書ではなかなか書けないようなアイディアや思いを形にできるこの機会を大切に、研究を深めていきたいと思います。

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