InaRIS フェロー (2024-)

鈴木 洋 Hiroshi Suzuki

名古屋大学大学院医学系研究科教授※助成決定当時

2024InaRIS生物・生命系

採択テーマ
遺伝子制御情報の時空間進化の理解・予測に基づくがん治療DX
キーワード
研究概要
高齢化に伴い、現代の日本では、2人に1人が生涯でがんを発症する。がんの治療は、がんゲノム解析・分子標的治療・がん免疫療法によって大きく進化したが、がんの再発・治療抵抗性の獲得、すなわち、がんと治療のいたちごっこはがん医療の永遠の課題である。本研究では、染色体外環状DNA(eccDNA)などのがん細胞の遺伝子制御情報の時空間進化のメカニズムに注目し、AIや情報科学を駆使した新たながん研究の方法論と新たな遺伝子制御の分子ツールの開発を推進することにより、「あきらめないがん治療」に資する研究を展開する。

 


選考理由

厚生労働省の令和4年(2022)人口動態統計月報年計によると、日本の死因順位の第1位は悪性新生物(腫瘍)で、死亡総数に占める割合は24.6%である。これに心疾患(高血圧性を除く、14.8%)、老衰(11.4%)が続く。しかも悪性新生物の死亡率は1947年以来増え続けており、がんを克服することは現代社会にとって喫緊の課題である。一般にがん治療の基本的考え方は「がん細胞、あるいはがん細胞に侵された臓器を除去する」というものであり、外科的な摘出術が行われ、放射線治療や化学療法が開発されてきた。しかし、がんの克服のためには「がんをよく理解する」ことが重要で、がんの病態に関する研究が進み、その中で分子標的治療や免疫療法が行われるようになった。これらの新しい治療法はがん治療に大きく貢献しているが、あくまで診断時点での病態に対する対処法であり、がん細胞の将来的変化を念頭においた治療法ではない。より効果的ながん治療を行うには、がんの発生・悪性転化・転移などのメカニズムを時空間的に理解し、先回りしてがんの進化そのものを抑えることが必要である。


鈴木氏は生命科学、遺伝子工学、情報科学のコンバージェンスによってこの課題に取り組もうとしている。まず鈴木氏はがんの新たなゲノム異常として染色体外環状DNA(extrachromosomal circular DNA, eccDNA)に着目した。eccDNAは多くのがん細胞で認められ、主要ながん遺伝子とエンハンサーが含まれる。がんの悪性転化に寄与し、予後に影響することが知られている。鈴木氏はeccDNAを有するがん細胞において生存に必須な遺伝子群をスクリーニングし同定しており、eccDNAの生成・分配機構を明らかにすることでがんに対する新たな治療戦略を開発する。また、鈴木氏はCRISPR-Cas9システムを段階的に調整して一つ一つの細胞を多色蛍光とDNAバーコードで二重に標識する技術を開発した。この技術をがんの細胞系譜追跡に応用する。さらに鈴木氏は、多様ながん検体を用いてこれらの解析を行い、そこで得られた細胞情報の時空間的変化を機械学習で分析することによって、がんを4次元的に捉えようとする。このコンセプトは、がん細胞の未来を予測し進化を抑えるという独創的なものであり、革新的な診断法や治療法につながる可能性がある。


鈴木氏は血液・腫瘍内科医として3年間臨床活動を行った後、東京大学大学院さらにマサチューセッツ工科大学で計13年間がん研究を行って上記を含む顕著な成果を挙げ、2020年に名古屋大学大学院医学系研究科分子腫瘍学の教授として独立した新進気鋭の研究者である。ゲノム・エピゲノム解析を用いた細胞・臓器の時空間的動態解明と機械学習による予測モデルの融合は大きな時代の流れだが、機械学習を行うには良質かつ豊富な解析データが必要である。鈴木氏が臨床医とも連携してこれからの10年間でがん細胞の謎に迫り、がんの克服に大きく貢献してくれることを期待する。


助成を受けて

InaRISは10年という長期間の間、研究だけではなく研究者そのものをサポートするユニークなシステムです。感謝と責任を感じています。医学には基礎研究・臨床研究という研究の分け方がありますが、基礎を極めていろいろなものに広範囲に波及する特異点を探す、ヒトの考え方の重心をぐっと動かす、そういう挑戦をしたいと考えております。

関連ニュース

領域が近い研究者を探す

生物・生命系領域